高野・長坂街道

 

 

参考地図 (フレーム順:北〜南)

−丹生川橋梁−龍王峡遊歩道−九度山町役場−真田橋−九度山駅

−R118(新高野街道・槙尾道)−高野下駅舎−不動谷川左岸−

−神谷辻⇔日本最後の仇討ち墓所−長坂道(古道分岐・標)−長坂地蔵−旧刈萱堂跡−R118−

−極楽橋−旧白藤小−神谷辻−

地理院地図・電子国土Web  Scale  100m

 

 

参考情報


<九度山町 くどやまちょう>      Source: Wikipedia

地名の由来:域内には高野山の開祖である空海(弘法大師)の母が暮らしていたという慈尊院
 があり、空海は月に9度母に会いに来ていたことから九度山の地名が付いたと伝わる。

地理:紀の川の南岸にあり、そこに流れ込む不動谷川の川筋に沿ってできた谷間と、更にそこへ
 東から流れ込む丹生川による谷間からなる。高野山への通り道である。

<町長のメッセージ>            九度山町HP抜粋

私たちのふるさと九度山町は、世界遺産である高野参詣道町石道、慈尊院、丹生官省符神社や、
戦国の武将真田昌幸・幸村親子ゆかりの真田庵に象徴される歴史と、玉川峡をはじめとする美し
い自然に恵まれ、秋には特産品である「日本一の富有柿」の収穫で賑わう町です。

当町は、観光振興に力を入れており、拠点施設である道の駅「柿の郷 くどやま」「九度山・真田
ミュージアム」を中心に、偉大な日本画家 平山郁夫先生にゆかりある「松山常次郎記念館」、
障がい者の母と呼ばれた大石順教尼の遺徳を偲ぶ「旧萱野家(大石順教尼の記念館)」、住民
と観光客の憩いの場としての「まちなか休憩所」を設置しております。

イベントとしては、5月に真田親子を偲ぶ「紀州九度山 真田まつり」、11月に富有柿をテーマと
した「大収穫祭IN九度山」、隔年の秋には現代アートの祭典「くどやま芸術際」を開催予定であり
更に地域住民による様々な自主イベントが開催され、年間を通じてお楽しみいただける町です。

令和4年度より、元大阪城天守閣館長の北川央様を「九度山町歴史・文化資源活用事業アドバイ
ザー」としてお招きした他、そのご縁で「落第忍者乱太郎」の作者である漫画家・尼子騒兵衛様よ
り貴重な忍者用具を九度山・真田ミュージアムへ寄託いただきました。
今後も地域資源を磨き上げ、魅力あるまちづくりを目指しますので、皆様には是非とも本町へと
足をお運びいただければ幸いです。

<長坂街道>                    AI による概要

高野山へ至る「長坂街道」は、九度山(椎出)から高野山へ向かう、弘法大師がかつて利用したと
される「槇尾道(まきおみち)」の別名です。高野下駅付近から北面を登る静かな古道で、現在は
町石道に比べ人通りが少なく、森林に囲まれた苔むす山道が楽しめるルートです。

場所: 和歌山県九度山町椎出〜高野山(女人堂)
別名: 槇尾道(真言宗の聖地・施福寺への道)
特徴: 過去の主要な参詣道の一つで、高野下駅(椎出)神谷を経由する
現状: 舗装路から始まり、中盤以降は古道特有の雰囲気が残るハイキングコース
道標: 「至高野山」の古い道標が残る

<町石道>         和歌山県観光案内HP&文化庁HP抜粋

聖地高野山への表参道である町石道(ちょういしみち)は、弘法大師空海が高野山を開山して
以来、信仰の道とされてきました。

高野山への参詣道のうち、九度山町を通過するのは「町石道」、「京大坂道」、「黒河道(くろこみち)」
だが、最も教義に則つたのがこの町石道である。慈尊院からかつらぎ町天野を経て高野山に至る約
24kmのルートには、もとは木製の塔婆(とうば)が立てられていた。木製塔婆は腐朽しやすかったた
め鎌倉時代に僧・覚キョウ(かくきょう)が人々の寄進を集めて大型の石造五輪卒塔婆群(ごりんそ
とばぐん)を建立し、今も8割ほどはその当時のものが残つている。
慈尊院から壇上伽藍(だんじょうがらん)の根本大塔(こんぽんだいとう)までの180の町石と根本大
塔から奥之院御廟までの36の町石を仏にみたて、夫々胎蔵界と金剛界を表しているとも云われる。


  
以上

 

 

Hi-Trek tan-u Hi-Trek tan-u  ハイトレック淡悠 Hi-Trek tan-u Hi-Trek tan-u